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海外デビュー

卵守り中のフグ 2013/6/29 奄美大島

卵を守るフグの一種 2013/6/29 奄美大島

NHK「ダーウィンが来た!」で一躍有名になった奄美大島のミステリーサークル。小さなフグが、直径2メートルにもなる巨大な構築物をつくるという衝撃的な事実は海外でも注目されたようで、英国BBCの撮影チームが奄美にやってきました。ちょうど1年前、NHKが撮影している時に奄美大島に居合わせたのですが、今年もBBCチームと同じ時期(とは言え向こうは40日近くの滞在なのに対して、こちらはたった2日間・・・)。世界の2大国営放送の撮影を目撃するというチャンスはあまりないことでしょう。

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お手上げです

アオウミガメ 2012/09/22 八丈島

 

うーん、更新しなくっちゃ・・・と思いつつスランプが続きます。9月以来海にも行ってないし、更新するネタもないので当然といえば当然なのですが、最近潜ることへのややモチベーションが下がりつつあるので我ながら心配です。まあ、義務感で潜っても楽しくないだろうから、しばらく間を置いてみるのいいかもしれませんね。

ノビてる

フタイロカエルウオ 2011/5/5 石垣島

フタイロカエルウオ 2011/5/5 石垣島

 いや、こう暑くなると何もする気が起こりません・・・って、それとなく更新停滞の言い訳なんですが。

 節電のせいでエアコンもあまり効果ないし、ここはグダーッと冷たい床にでも寝そべって、暑さをやり過ごすぐらいしかしようがないのですが、海の中でもグダーッとなっている方を約1名発見。 別に暑がっているわけじゃないんですが、結構神経質で、目があっただけで巣穴に引っ込んでしまうフタイロカエルウオなのに、中にはこんなユルいのもいるんですなぁ。フタイロカエルウオは嫌いじゃないのでよく撮るのですが、稀にいる神経の図太い個体は、極端に無警戒なところがあるように見えます。

こちらの方もノビてます。

なんとかしてくれぃ・・・

 こちらの方は本当に暑さでノビております。

更新停滞

背骨が反り返ってしまっているそうです。

背骨が反り返ってしまっているそうです。

 猛暑に負けて気力が出ないということもありますが、このところ更新が進んでいないのは腰痛のため潜れていないのが原因です。先週末は八丈島に行く予定でしたが、結局断念するハメに。考えてみればまだ今年は一度も八丈島に行っていません。それどころかホームゲレンデのはずの伊豆も、春に1回行ったきり・・・・。腰に爆弾を背負っているので、ビーチダイビングは怖くてできず、辛うじてボートダイビングのできるところでお茶を濁していたのですが、この1か月それさえも厳しい状況に陥ってしまいました。

 さすがにこれはまずいと思い、先日会社を休んで腰痛治療で評判の整形外科の診察を受けてきました。ある雑誌で紹介されていたのを職場の人が見て教えてくれたのですが、指で骨盤の関節を動かして調整するという独特の治療法です。簡単な問診と、レントゲン検査のあと、数分間腰のあたりを触られてあっさり診察終了。湿布も薬も処方されず、1か月後に再調整ということでした。

 治療直後はあまり効果を感じませんでしたが、帰り道に1時間ほどクルマを運転して、降りた時にスッと腰が伸びたのにはびっくり。翌朝はそれまで顔を洗うのがひと苦労だったのが、なんとか腰をかがめて洗えるまでになりました。これまで、多くの人が「這って行った人が歩いて帰れるんだから・・・」などと、いろいろな治療法を紹介してくれましたが、残念ながらそんなに劇的な効果を感じられたことは一度もありませんでした。「神の手」なんてあり得ないと思ってたんですが、今回だけはちょっとそんな感じかな。

 治療後2日目、腰はまだ痛いし、すぐにダイビング復活という感じではありませんが、まだ最悪期の辛さは再発していません。このまま、快復に向かってくれるといいんですけどね。

ミーバイ、イラブチャー・・・・

itimonjibudai

イチモンジブダイ 沖縄名「ナカビーキヤ」。           イラブチャーの中でも区別されているみたい。

? だいぶ以前の話になりますが、沖縄で漁師さんの船に乗せてもらって潜ったことがありました。で、見たことのないさかなの名前を教えてもらおうと尋ねたところ、「あ、これねイラブチャー(ブダイ)」とのお答え。で、別のブダイを指して訊くと、「あ、あれねイラブチャー」「・・・?」

 それではとハタの仲間を聞いてみると、「あ、あれねミーバイ」。ヒメジの仲間なら、「あ、あれねカタカシ」。アジの仲間ならなんでも、「あ、あれねガーラ」と返ってきます。標準和名よりかなりゆるい分類になっているようですが、同じハタの仲間でもスジアラ(アカジンミーバイ)やアカハタ(ハンゴーミーバイ)など、大型で食べて美味しい種は別名がついているのに対して、「その他大勢」のハタ類はほとんどが「ミーバイ」で済まされているところなど現金なものです。

 しかし、分類が人間の都合に合わせて行われるなら別にこれでもなんの不自由もないわけで、美味しいもの、利用価値の高いものほど細かく分類されるというのも当然です。逆に、標準和名ではひとつの種とされているものでも、成長段階や味の違いなどで商品価値が変わってくると、市場などではさらに細かく名前をつけられたりもします。メバルなどは最近分類が見直され、4種ほどに分かれましたが、それ以前でも市場などでは「アカメバル」とか「クロメパル」などと分けて呼ばれていたこともあったようです。こうなると、分類の基準に「味覚」なんていう項目もあっていいような気もしますが、ま、これは半分冗談。

 このように、人間の都合で生物を分類すると、基準がいくつもできたりするので、人間の生活上は便利でも科学的にはまずい・・・・ということになるわけです。何年も前にササノハベラがアカササノハベラとホシササノハベラの二つに分かれ、ダイバーの間でも話題になったものでしたが、これだって一般人にしてみれば「あー、そうですか」みたいなもので、だからと言って海の中で見るササノハベラが変わったわけでもなければ、そのことで生活が豊かになったなんていう人もほとんどいないわけです。「じゃ、なんのために分けるわけ?」というギモンに対しては、「生物はもとからある種に分かれていて、科学の力でそれを解明するのです!」という答がとりあえずは手っ取り早い・・・・。

 こうして、「自然分類」を人間の言葉に翻訳するたるめに、どのような定義づけをすればすべての輩を納得させられるような分類大系が完成するのか・・・・というお話となっていくのですが、この先がまた百鬼夜行の世界。なんだか続けていくのが面倒くさくなってきちゃったなぁ・・・・。(笑)

「種」は実在するか?

こうして見れば「種」は実在のものと見えるが・・・・

こうして見れば「種」は実在のものと見えるが・・・・

 前回から引き続きだらだらと「種」について考えています。生物の分類を考えるにあたってまず考えなければならないのは、「種」というものが自然界にハナから存在するものなのか、あるいは自然界にはないものを人間が意図的に区切って作ったものなのか・・・・という問題です。前者を「自然分類」というらしいのですが、「分類という思想」によれば、現在主流になっている分類学では「自然分類」が存在するということになっているようです。一方、著者の池田清彦氏は自然分類は存在しないという立場をとっていますが、素人の直感ながら、僕も自然分類というのはなんとなくありえなさそうな気がします。

 地球上の生態系が間違いなく進化の賜物なら、自然界に存在するさまざまな「種」は、互いに断絶して独立した存在ではなく、バクテリアから人類に至るまで繋がる連続的な存在のはずです。それが、ある時点できっぱりと、しかもすべての個体が一斉に別物になるなどということがありうるのでしょうか? 生物の進化は人間から見れば気の遠くなるほど長い時間をかけて進行するわけですが、現在記録されている「種」は時による変化を無視し、無理矢理固定化したものと言えます。例えば、今、A種からB種が枝分かれしつつあるさかながいるとして、これをどの時点をもってA種、あるいはB種と言えばよいというのでしょうか?

 もちろん、自然分類といえども最初から名前がついているわけもなく、これは自然界に実在されるというグループ個々の性質を、形質やDNA、統計などを駆使して人間が見つけ出し、人間の言語で整合的に分類したものです。しかし、池田氏に言わせれば、それも人間が認識した一部の要素によるものだから、自然分類とは言えない・・・・ということになります。

 この議論じたいに重要な意味があるのか、単なる言葉の遊びに過ぎないのかはよく分かりませんが、それとは別にひとつ面白いなと思ったことがあります。それは、自然界に初めから「種」があったとすれば、それはキリスト教原理主義の主張する「創造論」とかなり親和的なのではないかということです。神が創った生物なら、ひとつひとつの種はまったく独立した存在ということになります。もちろん、進化論を頂く現代の生物学は創造論とはまったく対極的な立場に立つものですが、それでも西洋文化に育まれた近代科学は無意識のうちに精神の奥底で、案外キリスト教的なものの影響を受けているのかもしれません。

長年の疑問

bunrui

 「分類という思想」 池田清彦・著   新潮選書

 フィッシュウォッチャーのはしくれとしては、やはり「新種」だの「日本初記録」なんていう言葉を聞くと、訳もなくときめいてしまうものです。その一方で、「新種」だの「別種」だのというけど、いったい「種」って何?・・・・という疑問は常に頭の中から消えることはありませんでした。何人かの研究者の方ともお話する機会があり質問してみたこともありますが、結局なにかはぐらかされたような気がして、「なるほど!!」と膝を叩くようなお答えをいただいたことはありません。

 科学というからには、なにごとも前提となる定義が大切だと思うのですが、こと「生物の分類」という問題はそこが非常に曖昧なまま、枝葉の議論ばかりがどんどん高度化しているのではないか・・・・? そんな疑問になんとなく答えてくれそうな本を見つけたので早速読んでみました。この著者、自分の見方とは異なる学説を徹底的にこき下ろすような書き方をするので、読んでいていささか辟易するところもあるのですが、僕が疑問に思っているテーマに対して真っ向から向かい合っていることは確かで、いろいろ勉強になりました。

 しかし、結論から言えば、やっぱりスッキリした理解は得られないままだったのでした。現在主流の分類法は、僕でさえなんとなく感じていたように問題だらけなことは確かなようですが、かと言ってそれに代わる案にしても、やはり素直に納得できるほどの明快さに欠けているような気がするのです。

 まあ、自然のことすべてを人間が理解できると思うこと自体が思い上がりであることは否めませんから、こんなことをくどくど考えても仕方ないのかもしれませんが、まだまだ寒くて海から遠ざかっている今日この頃。もう少し「神学論争」みたいな話を続けてみることにしましょうか・・・・。

卵の意思!?

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 先日、「細胞の意思」(団まりな・著 NHKブックス)という本を読みました。ちなみに一緒に買ったのは佐藤優の「国家論」。分野は違いますが、ともにユニークな視点から書かれていて、専門的な内容にも係わらず思わず引き込まれていくような面白さは共通しています。このシリーズは、他にはない興味深いテーマを、適度なページ数とリーズナブルな価格で扱っている本が多く、薄っぺらのわりに価格だけは安くない新書本などより、よほどお買い得だと、個人的には思っています。

 著者の団まりなさんは、発生生物学の世界では有名な研究者で、生物学の中では最もとっつきにくい「発生」をテーマにしているにもかかわらず、僕のような文系の素人にも実に分かりやすい文体が魅力です。えてして、学者さんは自分たちの世界にだけ通用する文体で語る人が多いものですが、団さんは専門外の人に理解してもらうことの重要性をしっかり理解している、日本では珍しいタイプの研究者なのでしょう。で、本の内容なのですが、ひと言で言えば、「細胞には自発的に行動する能力があり、それが遺伝子などの働きと同様に、生物を成り立たせる重要な要素となっている」と言うことです。これに対して、脳も神経伝達系もない細胞にそんな能力があるはずはない・・・・というのが、従来の実証的科学の立場ですが、団さんは、これまでのように個体→組織→細胞→分子というようにいくら細かく要素を掘り下げていっても生きている生物の姿は見えないと主張します。細胞のあるがままの行動を素直に見て、その意味を探っていくというアプローチが必要だというわけです。

 そして、いろいろな細胞が、発生の各段階で見せる驚くべき能力を具体的に示してくれるのですが、それはまるで大勢の意思を持った人間が、自発的に動きながら協働して、ひとつの巨大プロジェクトを完成させていくのとそっくりなのです。自分の身体の仲に無数に存在する細胞にそんな力があるとはまったく想像もできませんが、そう思うと自分の身体が自分のものであってないような・・・・不思議な感覚にとらわれます。

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夏バテ・・・?

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ヤツシハゼ属の1種6 07/13/2008 屋久島

 やばっ!、7月に入ってまだ一度も更新していませんでした。なにしろ、連日33℃オーバーの猛暑日。パソコンに向かっても、ボーッとしてまるで「やる気」が起こりません・・・・。って、実はそうはいいながらも、ブログ・ツールをMovable type4にバージョンアップしたついでに、リニューアル作業などに忙殺されていたのですが・・・。さらに、家族で共用していたWindowsパソコンがいよいよ怪しくなってきたので、どうせならとi-Macに買い替え、Boot campでデュアル・ブートにしてみたり。「なんだ、結局パソコンばかりいじっていたんじゃない!」と言われて見れば、確かにその通りなのですが。。。   それはそうとして、Macを使うのは8年ぶりぐらいなんですが、最近のMacOSは思ってた以上に使い勝手がよいですなぁ。Windows Vistaがおバカになったぶん、よけいそう感じてしまいます。

で、ダイビングのほうですが、7月中旬に屋久島に行ってきました。偶然、「富戸の波」のALABAMAさんとご一緒することになり、なにかと勉強になりました。何を見たかは、「富戸の波」をご参照ください、・・・って、いや、そろそろこちらでも報告しなきゃならないんですけど。

画像のさかなは、クサハゼかと思ったけど、よくよく見れば矢野ハゼ図鑑でいうヤツシハゼ属の一種6というヤツ。この場所では最優占種で、見た目はそれぞれ違うように思えるのですが、結局ほとんどがコレでした。

 

CO2

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1週間ほど前の毎日新聞によると、交通機関別に1人が1km移動するのに要する二酸化炭素排出量は、電車が18.7g、バスが53.8g、航空機が109g、乗用車が176.8gとなるそうです。これをよくダイビングに行く場所と移動手段に当てはめて計算してみました。東伊豆までの往復240kmをクルマで行った場合は約42.4kg、八丈島にタクシー、リムジンパス、飛行機を乗り継いで行った場合は63.5kg、空港までは同じ手段で沖縄本島まで行くと353.8kg。それぞれ日程によって潜る本数も違ってくるので、本数あたりで割ってみると。伊豆が2本として21.2kg八丈島は4本として15.9kg沖縄はやや長期滞在するから6本として59kg。こうしてみると、やはり遠くへ行けば行くほど、地球環境への負担は大きいということになりそうです。ちなみに、駅までタクシーで行って伊豆まで電車で行った場合はタンク1本あたりわずか2.7kg! 沖縄まで行った場合の1/20以下ですが、これとて沖縄は空港までの計算なので、現地までクルマを利用するとなると実際の差はそれどころではないということになります。もっとも、これはあくまでも統計値を基にした計算なので、細かく条件を考慮していくとまた結果は違ってくるはずです。例えば、飛行機は離着陸でいちばん燃料を使うので、短距離便を利用する八丈島は実際よりも有利に出ているでしょうし、自動車もクルマによる燃費の差や、データが市街地走行も含めた平均値から算出されていること、乗車人数などを考えると、ケースによってかなりの差が出るものと思われます。しかし、おおまかな傾向としては順位が逆転するほどの違いではないでしょう。

このような結果を単純に見ると、遠い南の海へ潜りに行くことはいかにも「地球にやさしくない」ように思えてしまうかもしれません。サンゴがいっぱいの海に抱かれに行くと、サンゴが死んでいってしまう・・・なんて思うと、なんだか自己矛盾に悩んでしまいます。でも、毎日クルマを使って通勤したり、ちょっとした買いものでもすぐにクルマを利用する人たちに較べれば、トータルとしてのCO2排出量は少ないかもしれません。僕も伊豆に行くのについついクルマを使ってしまうのであまり大きなことは言えませんが、大切なのは、その行為によって自分がどれだけCO2を出しているのかをまずは認識すること。そしてそれが自分にとってどうしても止められないことだと思うのならば、他でいかに節約するかを考えるしかないのだと思います。南の海でも潜りたいし、すぐにはクルマも止められない・・・でも、「知る」ことではじめて変化ははじまるのでしょう。