利己的な遺伝子


 DNAという言葉は、いまやあらゆる分野で比喩的な言葉として使われていますが、そのほとんどは本来の意味をまったく誤解しているとしか思えません。いわく、「巨人軍のDNA」とか、「GTRのDNAを受け継ぐ・・・」などと言うように、「伝統」などに基づき継承されてきた性質やポリシーなどを意味することが多いようなのですが、実際のDNAは、アミノ酸を作り配置するための「命令コード」にしか過ぎず、そこにはなんらの主張も思想も含まれません。逆に、人間が考え出した思想がDNAを介して次世代まで伝わるとすれば、これは現在の進化学や遺伝学では否定されている後天的な「獲得形質」が遺伝するということになり、DNAに関して主流になっている「新総合説」とは正反対の考え方となってしまうのです。
 ことほど左様に、「遺伝子」については多くの誤解がつきまとうのですが、これが僕たちのような一般人だけにとどまらず、多くのメディアや作家、ひどい場合は一部の科学者までもが誤解している考え方に、「遺伝子プログラム」説があります。つまり遺伝子とは生物の設計図のようなもので、身体の構造から性質、行動パターンまでがすべてプログラムのように書き込まれている・・・という考え方ですが、どうも実際の遺伝の仕組みとはそのようなものではなさそうです。
 このような誤解が広く行き渡ったきっかけは、英国の生物学者リチャード・ドーキンスの著した「利己的な遺伝子」という書物からだと思われますが、少し生物に興味を持つ人ならその書名ぐらいは一度は聞いたことがあると思います。しかし、日本語訳は600ページ近くもある分厚い本で、価格も安くはなく、さらにはとても難解そうなので、ちょっと手を出しにくいという人が多いのではないでしょうか。かく言う僕もそのひとりで、長い間敬遠していたのですが、先日古本屋に1000円で出ていたのを見つけ、ダメ元で挑戦してみることにしました。なんとか読み通すことはできたのですが、まあ理解できたのは半分ぐらいというところです。しかし分からないなりに原著を読んでみると、これまで解説本などで知った知識とはずいぶん違った印象を持ったことも確かです。そして、このあたりの落差が、「遺伝子」や「DNA」に関するさまざまな誤解に繋がっているのではないかと思えてきました。


 あくまでも直感から来たものでしかなかったのですが、実のところ僕はドーキンスをあまり好意的には見ていませんでした。それは、「個体は遺伝子の乗り物(ヴィークル)でしかなく、生物のあらゆる性質は遺伝子にとって最良になるようにコントロールされている」という主張が、生物の一種であるヒトの「人間性」をも否定されているかのようで、不快に感じていたからです。このことはドーキンスを否定する人たちに共通するように思えますし、また「適者生存」の原則を支持したい人にとっては逆に論拠となっているものと思えます。つまり、人が「人を殺すのも」「浮気するのも」すべては遺伝子の成せる技で、個体がいくら逆らっても仕方ない・・・、あるいは、弱い者は「淘汰」されるのが自然であり強いものだけが生き残るのは自然の摂理である・・・、などという説が、ドーキンスに代表される「新ダーウィニズム」を基に堂々と主張されているのです。ただ売り上げのためだけにドーキンスの一部をつまみ食いして面白おかしく紹介するような本も氾濫し、それらがまたドーキンスの実像をゆがめていたということもあるのでしょう。しかし、僕のようにいかなハンパな理解であっても、原著を読めばドーキンスの説が決してそのようなものでないことはすぐに分かります。
 「利己的な遺伝子」を読んで、僕が最も意外に感じ、また最も共感したのは、生命とって最も根源的なのは「複製すること」で、それは何も「遺伝子」でなくもいいということです。ドーキンスは改訂版である日本語訳版で「ミーム」という概念を付け加えていますが、「文化の継承」とでもいうべきミームは、「遺伝子をもコントロールできるかもしれない」とまで書いています。いくら「DNA」に「殺せ!」という指令が含まれていても、ミームなどによって乗り越えることはできると言うことです。
 否定するにせよ、支持するにせよ、その概念だけがひとり歩きしてしまったところに、ドーキンス説の不幸があったのではないでしょうか。「原著」を読むことの大切さを教えられ、そして、ちょっとドーキンスが好きになってしまった、ひさびさの読書体験でした。



“利己的な遺伝子”に2 件のコメント


  1. ALABAMA

    原さん、こんにちは。
    「利己的な遺伝子」を読んだのは僕もダイビングを始めてから
    でした。当初、
     「利己的な遺伝子という考えたでしか説明できないような
      生物界の事例が豊富に出て来る」
    という本なのかと思っていたのですが、どちらかというと、
     「利己的な遺伝子という考え方」
    を述べた本という風に感じられました。その点、抽象的な話が
    苦手な僕は少しなじめませんでした。豊富な事例を元に、この
    考え方でグイグイ引っ張って行くという点では、「社会生物学
    の勝利」(ジョン・オルコック)という本の方が圧倒的に面白
    かったです。
     また、もうお読みになっているかも知れませんが、ドーキン
    スの本としては「盲目の時計職人」が最高だと僕は思います。
    こちらは遺伝だとか何だとか難しい話はなく、
     「自然選択によって動物は進化して来たのだ」
    と言う事を何とか理屈で説明しようとしたものです。
     「誰も見たわけではないのに本当に進化なんてあったのか?」
    と神学者の様に内心疑問に思っている僕には大変刺激的でし
    た。イギリスの学者と言うと、冷静な語り口で皮肉を交えなが
    ら話を進めるというイメージがあるのですが、この本のドーキ
    ンスはかなり必死になって読者を説き伏せようとまくし立てて
    おり、その熱意の溢れた特に前半部分は圧巻でした。
    でも、僕が海の中で実際に見ている物はもっとベタベタな三文
    愛憎劇なんですけどね。

  2. 魚っちゃー

    ALABAMAさん、こんにちは。
    こういう分野はお好きでないと思っていましたが、
    それでも押さえるところは押さえていらっしゃるのですね。
    さすがだなぁ。。。
    「盲目の時計職人」は残念ながらまだ読んでいません。
    このほかにも、「延長された表現型」とか「悪魔に使える牧師」とか、
    読んでみたい本はいくつかあるのですが、みなちょっとヘヴィそうなので、
    体力気力と相談しながらボチボチ読んで行こうと思っています。
    しかし、歳のせいかすぐ眠くなっちゃうし、
    重い本なので、手も疲れちゃうし、顔の上にでも倒れてきたら怪我をしかねません。
    文庫本で出してくれないかなぁ。。。 グールドの本はたくさん文庫になっているのに。
    あとドーキンスでは、「宗教は妄想である」という本に興味があります。
    ああいうテーマにムキになって挑むということは、
    クールの代表みたいなドーキンス先生にも、
    結構熱いところがあるのですね。(笑)